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家族の理想の住まいと間取り01

家族は住まいと共に成長していく

どんな生き物にも、それぞれ固有のライフイベントというものがあります。
人間の一生で大きな意味を持つライフイベントといえば、誕生、結婚、出産、老いの四つでしょう。いまどきのカップルならば、結婚という段階を飛び越えていきなり出産の時を迎えることがあるかもしれません。そして誰もがいずれ到達する臨終ですが、これをライフイベントに加えなかったのは、人間は自分の死に立ち会うことができないからです。

山形景観賞を受賞した家山小屋風の家写真人によっては、入試合格、会社への入社、昇進、現役引退をライフイベントとして数えるでしょうし、離婚や親の死も重大なライフイベントであると主張される人もいるはずです。

私たち人間は、さまざまなライフイベントに直面し、泣いたり笑ったりしながら歳を重ねていきます。その間、「間に合わせの精神」を踏襲する人ならば、頻繁に引っ越しを繰り返し、ライフイベントごとに住まいを替えていくのかもしれません。

しかし、家を生涯の友と考え、ともにライフイベントを過ごそうとしている人ならば、住まいを家族のかたちに対応させようとするはずです。増築、改築、修繕などは、言ってみれば住まいにとってのライフイベントです。

住まいの変化はすなわち家族全体の変化であり、子どもの成長だけを中心に据えるのではなく、家族の歴史そのものを住まいに投影していくというのが理想的な姿なのではないでしょうか。
こうしたことを踏まえて考えれば、住まいとそこで暮らす家族との関係はもっと重視されていいはずです。しかし、賃貸住宅や社宅暮らしでは、「住まいを家族のパートナーとはみなせない」という気持ちになってしまうのも無理からぬことでしょう。
マイホームを所有するということは、地域にしっかりと根を下ろした暮らしを始めることであり、それなりの覚悟は必要とするものの、家族、特に子どもにとっては心の安定にもつながります。逆に言えば、浮き草のように引っ越しを繰り返す暮らしは、子どもの心に不安感をもたらすはずです。そうした経験は私自身にもありました。

私が生まれ育ったのは、山形と宮城の県境に位置する山奥の小さな家です。この家は、歯科医だった私の父親が疎開先の住まいとして建てたもので、いずれは東京に戻るつもりでいた父は、その家が「仮の宿」であることを言いつづけていました。

ただし、上京の時期は明確になっておらず、いつ故郷を捨てることになるのか、はっきりしたことは何一つ示されませんでした。故郷を捨てる日がやってくれば、私は多くの幼友だちと遊びの舞台であった山河をも同時に失うことになります。そしてそれが、半年後なのか、五年後なのかは全くわからず、いずれ訪れる喪失感を抱えたまま、私は毎日を過ごさなければなりませんでした。こういう状態が心に空虚感をもたらすことはご理解いただけると思います。

そんな私の心に安定感を与えてくれていたのが、母の家に対する姿勢でした。母は、いつ捨て去ることになるかもしれない家の庭先に植物を植えたり、壁の色を塗り替えたりと、毎日が新鮮な気持ちで過ごせる努力を怠らなかったのです。たとえいつか、どこか遠い街へ移り住まなくてはならないとしても、「日々の暮らしはここにある」という安心感はかけがえのないものであり、母のこの態度は、建築家になった私のバックボーンにもなっています。 私ごとがやや長くなってしまいましたが、母のそうした姿勢に倣うとすれば、いま住んでいる家が借家であろうと持ち家であろうと、暮らしを豊かにするのは気構え一つであって、所有権の有無はさしたる問題ではないのかもしれません。そうであれば、転勤の繰り返しで根が下ろせないという嘆きも、今日、この瞬間を包んでくれている家とどのように向き合うかによって、家族の将来像は変わってくるでしょう。

住まいは家族の友であり、もう一人の家族です。その住まいを粗末に扱うことは、家族を租末に扱うことと同義だと言えます。親の気構えが子どもの日にどう映っているかを考えれば、住まいに対する認識は改めざるを得ないはずです。

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